働いて酷く疲れているので昔VIPで書いたショートショートを載せます。
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妹「貴様!この!」
兄「今更気づいたのか?馬鹿な奴だな」
妹「この!貴様この!」
兄「それ付けたの4ヶ月くらい前だぞ」
4ヶ月前というと、妹が姉に対し「ビチクソ」と言い放った事件、通称9.11のあった頃である。あれは流石に言い過ぎた、と妹は後に述懐しているし、なによりその日の晩はカレーライスだった。妹はやり
過ぎたのだ。
妹「9.11と何か関係が?」
兄「9.11は関係ない。ただ、ただ角があったのだ。そしてお前がいたのだ。さすればお前に角を取り付けるのは自然であった…喉が渇いたな」
妹「紅茶を?」
兄「頂こうか」
妹は戸田奈津子が訳すように喋っていたが、兄は気が付かなかった。
しばし談笑したのち、妹は再び強い口調で兄を詰問した。
妹「しかし、何もオオツノシカじゃなくても!」
兄「僕はオオツノシカが好きなんだ」
妹「はい」
妹はそれまでモテる方であったし、彼女自身もそれを自覚していた。彼女を呼ぶとき、人は「可愛い人」と言った。しかし今は違う。
「ツノが、ツノがマジですげー人」と呼ばれ始めていた。無論、人の評判に敏感な妹が気が付かぬはずがない。
「ツノが、ツノがマジですげー人」とは誰の事なのか、ある日彼女はクラスの女子に尋ねた。しかし、お互いにあまり親しくなかったため、何か変な感じになった。二人の会話には「ていうか、あの」「え? いや、それじゃなくて」がよく出てきたという。
兄「確かにお前の角は凄い。ツノがすげー。しかしそれが何だ」
妹「…」
妹は、不意に見せる兄の見透かすような表情にどきりとすることがある。
兄「ツノがすげー。それは誇るべきことではないのか」
妹「しかし私はツノを凄くする事で得るものがあるようには思えません」
兄「たわけ!」
たわけと実際に口に出して言う人を、妹は初めて見た。サザエさんでしか見たことがなかったのだ。
兄「たわけ!」
2回言った。妹はたわけと2回言う人を見たことが無かった。波平ですら、たわけの使用は1回に抑えている。たわけが人体に及ぼす影響を配慮しているのか。
兄「いいか、角を伸ばせば伸ばすほど、お前は人目につくようになる」
妹「た、確かに…」
兄「お前の美貌はもっと人に見られるべきなんだよ。そこで角だった。もう、角しかなかったと言っても過言ではない」
妹「つ、角しかなかった……え?いや…え?」
兄「ちょっとわかりにくかった。今のは俺が悪かった。流石に」
妹「…コーヒーを?」
兄「頂こう」
妹は、戸田奈津子に、気づいて欲しかった。しかし本当は気づいていて、あえて黙っているのかも知れない。
面白い、と妹は不敵に笑った。駆け引きだ。戸田奈津子と言わせれば私の勝ち、角を認めれば私の負け…角…
妹「そうだ、角の話だった忘れていた」
兄「角しかなかった、と俺はさっき言ったろう」
妹「言った言った」
兄「それはこういう理屈だ」
兄は事前に用意してあったと思われるマッキーを、胸ポケットから取り出した。どこかに引っかかったらしく、取り出すのにちょっと手間取っていた。妹は、そこはスッと行って欲しかった。
マッキーのキャップを開け、兄はおもむろにテーブルに何か書き出した。デスノートの真似をしているのだ、と妹はすぐにわかった。妹はアニメも劇場版もHDDに録っている。全部。
しかしテーブルの色合いがかなり暗い感じであったため、何て書いてあるのかよくわからなかった。やがて兄は、あっ、と言い、その後間髪入れずに、違うわ、と言った。書き間違えたらしかった。
兄「それはこういう理屈だ。角以外のものを生やした場合…」
ついに口頭になった。妹は、そこはテーブルで行けよと思った。
兄「角以外のものを生やした場合――むろん頭に、だ――不具合が生じる。例えばなんらかの枝だったらどうする?君は頭に枝の生えた生物を見たことがあるか」
妹「た、確かに、な、無い」
どもりがわざとらしかった。
兄「そうだろ。同じように、頭にモップが生えていたら…わかるな?」
妹「掃除当番に任命されてしまう!」
兄「ご名答。うってつけの掃除要員だ。玄関開けたら2分で掃除、だ」
妹「ああ…?」
世代が違ったのである。それに妹はサトウのご飯の事をあまり知らなかった。
兄「さあ、頭に付ける、目立つもの、そして自然なもの…角以外にないだろう」
妹「猫耳とかはどうだろう」
兄「ああ、猫耳もあるか、そうか」
猫耳もあった。兄は「まあでも猫耳は…」と小さい声で言い、妹が「え?」と聞き返すと、聴こえないフリをして、セーターの毛玉が気になる素振りを見せた。
妹「しかし、じゃあ百歩譲って角でもいい」
兄「ああ」
妹「しかし、なぜこのような大仰なものをつけたのですか」
兄「僕はオオツノシカが好きなのだ。僕がオオツノシカをみると、僕はとても楽しくなるし、僕は乗りたい、と思う」
僕が多かった。しかし、オオツノシカの話をするときだけ一人称が僕になる兄の事が、妹は嫌いではなかった。彼はシチューの話をする時は我輩になったし、ダンボールの話のときはオイになった。
そのようなことを思案していると姉が部屋に入ってきた。ガタ、と手がドアにぶつかっていた。意外と大きな音がして、少し変な感じになった。
姉「いも…ビチクソ、お兄ちゃん、ご飯の準備が出来たからいらっしゃい」
引きずっていた。
兄「お…我輩はおかわりをするぞ」
姉「ふふ、いっぱいあるわよ。ほらビチクソちゃんも座って」
妹「お姉さま!ビチクソの件は悪かったと思っていますので、もうその呼び方はやめてください!」
妹は切実に頼んだが、姉の目は笑っていなかった。そして角をちらと見、うわでかっ、と言わんばかりの顔をした。
うわでかっ、いやそれは無いでしょ、それは流石に引くでしょ、やり過ぎでしょ、と言わんばかりの顔をした。妹はキレた。
妹「ビチクソ、スプーン取れや」
姉「あら、オオツノさん、その立派な角でめしあがってはいかがですか、どうですか」
妹「おいビチクソ。お前のこめかみにも立派な角こしらえてやろうか」
姉「嫌だわそんな下品な角。何でそんなに平べったいのかしら!」
妹「平べったいとかやめろや!そういうのマジでやめろや!」
兄「うるさい!我輩のシチューがまずくなる!我輩のシチューがまずくなる!お前も蝋人形にしてやろうか!」
静かになったが、それは兄の威厳によるものではなく、「うわ、それ言うんだ」といった静けさであった。
兄は、勢いって怖いな、と思いながら、シチューを口に運ぶ。